fc2ブログ

Category: 天井桟敷の人々。

蒼井 優の「アンチゴーヌ」を観る。 

2018/01/25 Thu.

e0044929_0182990_201801252039417cc.jpg
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

演劇とは時代を映す鏡……だと僕は思っています。

優れた戯曲とは、時代が変わっても普遍的に通じるテーマがあること。
物語が観客の共感を得なくてもいいし、突き放す内容でもいいです。
演劇なんて楽しいだけがその魅力じゃないしね。
捉え方が通り一遍等ではなく、あらゆる方向から見ても魅力的であること。
万華鏡のように光の当たり具合で見え方が変わり、
テーマへの切り口が、どの方向から見ても魅力的であること……。
なかなかそう言う素晴らしい戯曲に出会うのは稀です……。


先日、友人の高橋紀恵ちゃんが出ている「アンチゴーヌ」を観て参りました。
オリジナルはソフォクレスのギリシャ悲劇「アンチゴネ」、
それを元に、フランスの劇作家、ジャン・アヌイが、
ナチスの影が色濃い1944年に発表した「アンチゴーヌ」です。

自らが望まなかったとは言え、王になったからには、法と秩序を守り、
人民を導く正しい王であらんとするクレオン(生瀬勝久)と、
その姪で、オイディプスの娘であるアンチゴーヌ(蒼井 優)を中心に、
充実の役者陣による舞台化でした。僕の中では早くも今年度のベストかな。

紀元前442年頃に書かれたとされるソフォクレスの「アンチゴネ」が、
ナチス・ドイツの影響下の1944年のフランスでアヌイにより「アンチゴーヌ」となり、
それが現代のこの東京に瑞々しく復活するには理由があるのだろうと思うのです。
1944年の時点で王であるクレオンはナチス・ドイツを体現し、
それに対するアンチゴーヌは正義と民衆を表します。
それでは現代においては?見るものにとって如何様にも捉えられるのですが、
例えば、既に小さな独裁国家と化した安倍政権が、ナチス・ドイツ→クレオンに。
ナチス・ドイツに迫害されたユダや民族→現在の日本国民と見るのもいいでしょう。
間違っていることに身を賭して「No!」を突きつける勇気。
青いと言われればそれまでだけれど、自らの信念に忠実に生きるアンチゴーヌの姿を、
今の自分に置き換えてみるのもまたいいのではないでしょうか。


生瀬勝久がその美しい声とともにクレオンを好演です。
ただ単に正しくあろうとする王を演じるのではなく、
その心の奥底にはアンチゴーヌに対する愛情が深く刻まれているのを、
表情や声から的確に滲み出させているのが秀逸です。

IWST3418.jpeg

コロスを演じた高橋紀恵の充実。
コロスとは物語の語り部、狂言回し的な役所ですが。
アヌイの「アンチゴーヌ」がナチス・ドイツの影響下ということもあり、
無表情に徹し、黒の制服に身を固めて微動だにせず、
一際低い声色で強制収容所の監視を思わせる役作り。
演劇のカンパニーにおいて、安心して扇の要を託せる役者がいるのは、
演出家も心強いのではないでしょうか。
「サド侯爵夫人」のルネを演じた新進の若手女優は、
大劇場にて淀君を演じたりするベテランの個性派女優になりました。
芝居の折々に見せる的確な演技、そして、ラストでの、
舞台の全てが集約される印象的な(映画的な)手の芝居……。
役者冥利に尽きるのでは?などと思うのは友人の買いかぶりでしょうか。

そして蒼井 優の溌剌……。
弱冠20才のアンチゴーヌの短い青春の煌めき、
自らの信念に忠実に生きようとする乙女の一途な姿が印象的でした。
死を命じられたあと、叔父である王から驚きの真実を聞かされます……。
揺らぐ信念、自分が死を賭けてでも貫こうとした正義が見事に瓦解します。
再び蘇って来る生きて愛する恋人と添い遂げたいと思う気持ち……。
「アンチゴーヌ」が物語として成立するかしないかは、
彼女が真実を知らされた後、折れた心を再び奮い立たせ、
最後には自らの気持ちを鼓舞するように、
王に向かって「料理人!」と蔑み挑発し、
自分の思い通りに物語を終結させるアンチゴーヌの逞しさと芯の強さ……。
そこにどれだけのリアリティーを持たせるかだと思うのです。
ゴメンなさいと許しを来い、愛する婚約者と幸せな未来を築けるのですから。
それをせず、死を選択したアンチゴーヌの心の中は?
その心模様を観客に納得させられなければこの芝居は成立しません。
まだ世間知らずの子供時代から大人になるにつれ、
人は不正を知り、世の中が欺瞞と嘘で固められた世界であることに気付き、
正しいことだけでは生きて行けないことを身を以て知ります。
アンチゴーヌが自らの命を引き換えに選んだ道は、
果たして若さ故の青さか、はたまた、そこに命を賭す意義を見いだしたのか、
蒼井 優の演技が絵空事ではない何かを見せてくれたのが凄いです。
今年度の演技賞を総舐めするであろう、
蒼井優の代表作になるであろうことは間違いありません。
カーテンコールの清々しい笑顔……それが何より、
芝居の出来を表しているように思えます。


「アンチゴーヌ」はもうスグ東京公演を終えますが、
この後、松本、京都、豊橋、北九州を1ヶ月かけて廻ります。
お近くの皆さん、是非、素晴らしい「アンチゴーヌ」をご覧になってみてください。

今日の写真は随分昔にパリの美術館で撮った1枚……。
ルーヴルだったかなぁ……記憶に定かではありませんが、
ラストでの蒼井 優の「生きたい!」と願う指先と、
天上から降り注ぐ一陣の砂にかざした高橋紀恵の手……。



2018年1月25日


ブノワ。


★Copyright © 2005~2018
nioinoiihanataba, All Rights Reserved.
関連記事
スポンサーサイト



edit

CM: 2
TB: 0

page top

コメント

オイディプスの悲劇から悲劇が生まれその連鎖の悲劇というギリシャ神話ですね。
だれも救われないような「こんなことある~~?」みたいな人間関係と運命。
「オイディプス王」の話ならだれが見てもその哀しさがわかるけど、
「アンティゴーヌ」は背景を知らないと難解だと思います。

このお芝居見たかったんですが、
なんか掛け違ったというかタイミングがあわなかった。

アンチゴーヌが自ら決めた意志を貫く態度が観客の同意を得られるかどうかですよね。
演出家の腕もすごいし蒼井優の演技もすごかったんですね~
新聞の劇評で、削いだようなシンプルな舞台。とありました。
なんの助けも無い舞台で芝居だけで見せる舞台は私にも解るだろうか?
退屈しないだろうか?
なんて思ったのも事実です。

それにしてもブノワ。さんて教養が深くて広い。
どうやって培ってきたのかと時々不思議な人だなーとおもいます。


ムー #qiVfkayw | URL | 2018/01/26 22:21 - edit

一財産あれば……。

ムーさんへ。
いつもメッセージをありがとうございます。
今回はプログラムの相関図を事前に見て学習しました。
理想的なのは、何も知らずに見るのが一番ですけど、
ギリシャのこの辺って難しいじゃないですか(笑)
非常にいい芝居でした。蒼井優は演劇賞総なめなんじゃないかな?
アンチゴーヌが自ら決めた結末に向かって、
観客をどう説得するかがこの芝居のポイント。
たったその1点で、絵空事になるかならないかの分かれ目です。
衣装や照明も凄くてねぇ……でも、俳優はやりにくかったと思いますよ。
だって、自由に動けないでしょう?照明が当たるところに動かなきゃいけない。
僕の教養?……ないと思いますよ(笑)お言葉は嬉しいですけど。
底の浅い引き出しが一杯あるタンス持っているけど……。
庭に大判小判がゴマンと埋まっていたら、
仕事しないで毎日〜芝居を観たいんですけどねぇ……。

ブノワ。

ブノワ。 #- | URL | 2018/02/04 14:09 - edit

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://nioinoiihanataba.blog.fc2.com/tb.php/536-7c6865bf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2024-03