「細雪」……絢爛たる日本映画の最後の華。 

 

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昭和13年のことである

幸子 「お金・・・・・・あぁ、あのこと。」
妙子 「中姉(なかあん)ちゃん、言うてくれはらへなんだ。」
幸子 「あかへんて。」
妙子 「何で?」
幸子 「あれはあんたの結婚の支度金やさかい。」
妙子 「そやかて……。」
幸子 「他のことでは渡せへんて、姉ちゃん。」
妙子 「あたしのお金やないの。
    なぁ、雪姉(きあん)ちゃんからも何とか言うてぇな。あんたの分もあるんやで。」
雪子 「そのお金て、どれくらいあるかあんた知ってんの?」
妙子 「うち知らん。雪あんちゃんは?」
雪子 「しらん……。」
幸子 「あたしも知らんわ。そう言えば、亡くなったお父さんが、
    雪子ちゃんとこいさんのために残さはったお金、
    どれくらいあるか今まで考えたことなかったなぁ……なぁ、あんた。」
幸子 「あんた、何をボンヤリしてはりますのや。」
貞之助「いやぁ、雪子ちゃんが口をOの字に開いて、
    上手に食べはるのを感心して見ていたんや。」
幸子 「アホらしい、毎日見てはるクセに。」
雪子 「なんや、さっきから人の口元ばかり見てはると思ったわ。」

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市川崑監督作品、1983年東宝製作の傑作「細雪」の冒頭。
確かこんな感じだったでしょうか。
これらの台詞は何も見ないでもすらすらと書くことが出来ます(笑)
それくらい大好きな「細雪」30年ぶりに劇場で鑑賞して来ました。
「新・午前10時の映画祭」にて。2週間の上映期間のうち、初日に一人で。
それから親友を誘って1回。最終日に見納めとばかり1回……都合3回見て参りました(笑)

雨に濡れた桜の風景から「昭和13年のことである」の字幕からはじまる、
京都、嵐山のお茶屋のお座敷の台詞。遅れている長女の鶴子を待って、
これから雨の中、お花見に出掛けようとする三姉妹と、
次女、幸子の婿養子、貞之助の会話です。
原作の冒頭部分に付け足したこのシーンで一族の関係が大体分かる、素晴らしい脚本です。
大阪、船場の大商家の、お金の苦労は何一つしたことのないお嬢様たちの会話……。
だけど、この優雅な「細雪」の中には頻繁にお金のエピソードが出てきます。
三女、雪子の縁談話が軸になっているけれど、緯糸はお金の話ではないかと思うくらいです。
何しろ一番最初の台詞が「お金……。」ですからね。
「勿体ない」……この台詞も何回聞いたことでしょう。


映画の技法の最大の特徴は、クローズアップがあること。
舞台にはないこの技法は映画独特にドラマチックな表現をもたらします。
上手に使うと最小限の台詞で物語を紡げます。映画最大の武器です。
市川崑の特徴であるクローズアップを多用した絵作りと、
絢を競う美しい女優たちの一番脂が乗り切った時期の演技と相まって、
日本映画史上、最後といってもいいくらいの大作となりました。
特撮一切なし、美しい台詞(台詞校訂、谷崎松子)と役者の演技(特に目の演技)
この年のアカデミー賞の日本映画の代表に選ばれていたら、
間違いなく外国映画賞を獲得したであろうという人も多いです。
(因に、この年の日本から送り込まれた作品は「南極物語」……なぜ?)
もし「細雪」が外国映画賞にノミネートされていたとしたら、
佐久間良子の主演女優賞のノミネートも夢じゃなかったかもしれません。
日本が戦争に向かって行く時代が見事に描かれているのも傑作たる所以です。
小鳥の囀りで雨が上がったことを表し、目線の1つで嫉妬や憤り、
心の中の逡巡やときめきなど、細かい感情を描き切った市川崑の手腕。

今は亡き淀川長治が、
「これは私の映画よ!と言わんばかりに見せてくれる見事な演技」と評した、
佐久間良子の大スクリーンを圧倒する美しさと貫禄。
この方のメイクアップは兎に角、美しく技巧的で、しかも自然です。
吉永小百合はこの「細雪」で演技開眼と言われ(縦ロールの初々しいお姿を見よ!)
後に続く女優としての第二のピークの時代を迎えます。
市川崑に「イヤな顔をして。」と演技指導された表情が今までの綺麗綺麗の殻を破ったのでしょう。
山本富士子が長女鶴子の一番最初の配役だったものの、結局、出演を断られ、
ピンチヒッターで出演した岸 恵子のコケティッシュな魅力。
この時代、市川崑と岸 惠子のコンビで素晴らしい作品が何本も生まれたのでした。
自然光を装って、実は綿密に計算された照明が女優たちをさらに美しく見せています。
技巧を凝らし念入りに結い上げられた女優たちの髪型も美しいです。

佐久間良子と吉永小百合が東京。岸 惠子がパリ在住(当時)の横浜生まれ。
四女妙子を演じる古手川祐子が大分出身と、
京都には全く関係ない女優の大阪弁も面白いです。
新橋耐子、横山道代、根岸明美らの昭和婦人の婉然たる魅力。
戦争へ問い向かって行く大きな時代のうねりと没落してゆく大商家の栄華を重ね合わせる。
華やかに人間関係を描き切った市川崑、最晩年の大傑作です。
日本映画も最後の輝きを見せた作品と言っても過言ではありません。
この作品の一番の魅力は「余韻」があること……。

この夏、アニメやマンガが原作の映画が目白押しで、
全く観る作品がないことに愕然としました。
そんなこんな思うと、「細雪」は没落してゆく豪商と、
戦争に突入して行く日本の歴史を描いているのだけれど、
実は今になって振り返ってみれば、一時期、全世界を風靡した、
日本映画の黄昏の始まりだったのかもしれません……。

この作品と舞台版の「細雪」が収録されたビデオ……何回観たことでしょう。
(舞台版の配役は、長女鶴子=淡島千景、次女幸子=新玉三千代、
 三女雪子=遥くらら、四女妙子=桜田淳子)
文字通り、すり切れるまで繰り返し観た僕の心の1本。
映画版は読売ホールの完成披露試写会で観た以外は全てビデオでの鑑賞でした。
会場内は面白い雰囲気だったんですよ。
豪華な着物が沢山出てくることもあり、試写会上には大勢の年配のご婦人たちが……。
美しい着物が映し出される度に溜め息、絶句。息をのむ感嘆の気配。
そして一際大きな歓声が上がったのは、井谷美容室のシーンで、
その昔の電髪の機械が映し出された時(笑)
場内に「おぉ〜っ!」と、声にもならない怒号が響いたのでした。
冒頭の芦屋の屋敷で着る佐久間良子の着物の柄は、
香道の源氏香の図柄が市松模様になったもの。
法事のシーンで姉妹が着る微妙に色違いな色紋付の美しさ。
幸子が本家からの遣いに墨をすり受け取りを書くシーンで、
横の本棚には谷崎潤一郎の「刺青」が並ぶ遊び心。
岸 惠子が東京行きを決心し、お蔵の中で荷物の整理をしている時に、
(岸さんがお蔵の中にいると殺人がおきそう!・笑)
眺めているのは天目茶碗……兎に角、贅を尽くした美術も見物です。
音楽はアレンジされたヘンデルの「Ombra mai fù」
(舞台のテーマ曲はバッハの「ブランデンブルグ交響曲」より)


幸子 「姉ちゃん、あの人粘らはったなぁ……。」
鶴子 「雪子ちゃんか?粘らはっただけのことあったなぁ。」

姉妹が祝杯をあげるために揃って部屋を出た後、
幸子が何を思ったか戻って来て誰もいない部屋を一瞬眺めるシーンは、
小津安二郎の「晩春」に対するオマージュです。
「晩春」では、姪、紀子の結婚の朝、叔母役の杉村春子が、
誰もいない部屋をクルリと一周するシーンがあります。

 「こんないいもの、このご時世ではもう出来しません。」

雪子の婚礼用に父が作った着物を広げながら鶴子がしみじみ言います。
「こんないいもの」は「こんないい映画」に置き換えられますね。
昭和の最後に作られた日本映画の傑作。日本映画史上に燦然と輝きます。



「細雪」には僕の個人的な思い出もあります。
映画が公開になって数ヶ月後、初めてパリを訪れました。
「細雪」には、実は僕のことをとても可愛がってくださっていた女優さんが出演していたのです。
その女優さんにお願いされたんです。パリはサンルイ島に住む、
岸 惠子さん宛に手紙を書いたからパリで切手を貼って投函して欲しいと……。
軽い気持ちで承諾したものの、パリで切手を貼って、いざ投函の段になり、
住所を見たら「Mme. Keiko Kishi île de Saint-Louis, Paris」しか書いてないの(笑)
番地は?フランスの郵便事情は大丈夫なの?
そのことを国際電話で女優さんに指摘すると、

 「あら、大丈夫よ。だって岸さんですもの。」って!

あの手紙は果たして岸 惠子さんに届いたのでしょうか……。



こちらもあちらも人気のない映画の話題が揃ったところで、
少し遅い夏休みを戴きます。夏バテが治まったらまたお目に掛かりましょう!


2014年9月10日


ブノワ。


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美しき藤原真理の肖像。 

 

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少し前のことになります。
長年使っていたカメラが壊れて大慌てだったことはお話ししましたよね。
夏のバカンスが迫っていたこともあったのですけど、
実は、大きく焦り、ほとほと困り果てた理由はこのためだったんです。
ズゥ〜っと懇意にしてくださっている藤原真理さんの新しいCD。
バッハの無伴奏チェロ組曲のCDジャケット写真の仕事を戴いていたからなんです。
撮影に間に合うように新しいカメラを買っただけではダメで、
ある程度、使いこなして撮影に備えなければなりませんから……。

真理さんのCDの写真の撮影は、かれこれ遡ること9年前。
真理さんとフィンランドのヤンネ・ラットゥアくんの、
バッハのヴィオラ・ダ・ガンバのソナタのCDが初めてでした。
この時はプロのカメラマンの方と半分くらいずつ……でしたか。
2人のリハーサルや録音に立ち会わせて貰って撮った記憶があります。
お話を戴いた縁は、旅先や僕の家で、ここ数年、真理さんが宣材に使っていた、
写真を撮らせて戴いた縁からなんですが……。
その後もベートーベンのピアノ・トリオ「街の歌」とかね、
折りある毎に写真を撮らせて貰っていました。

数年前かな……真理さんが2度目のバッハの無伴奏チェロ組曲の録音をすると聞きました。
是非、撮らせて貰いたかったです。大好きなバッハですしね。
念願叶っての撮影は、ごくごく内輪で和気藹々と。
ヘア&メイクは長年の付き合いで気心しれた、恵比寿で美容院を経営している、
冨田泰三くんに頼みました。冨田君も長年、テレビや雑誌、演奏会での、
真理さんのヘア&メイクを担当していましたから、真理さんの一番美しいところを重々承知です。
撮影前の打ち合わせも非常に簡単でした。
(真理さんはパリに滞在中で僕らに任せっきり……。)
ナチュラルに、それから僕は写真を撮る時に自然光で撮りますから、
若干、ファンデーションは明るめにして貰いました。
真理さんへの要望は、白いシャツを着てくださること……のみでした。

真理さんはどの角度から撮っても美しいのですが、
(澄まし顔よりは笑った顔、それ以上に美しいのは爆笑しているお顔です。)
ご自分では撮られるのが嫌いな角度もあるようです。
その辺を踏まえつつ、でも、そちらから撮っても、
実はお綺麗だと言うことを知ってもらうためにチョッと冒険も(笑)

どうでしょう、真理さんのお気に召したかな?
長年のお付き合いで気心しれた部分も多々あります。
そんな一瞬に見せてくれる真理さんの表情を逃さないように撮った積もりです。
こちらではCDのジャケットに使われた以外で僕のお気に入りの1枚を、
トリミングされていないオリジナルの状態で。
それから、僕が初めてCDの仕事に携わった時に撮らせて戴いた1枚。

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この写真は「彩の国 さいたま芸術劇場」の音楽ホールでの、
大変だったバッハのヴィオラ・ダ・ガンバの録音が全て終わってホッとした瞬間の真理さん。
プロデューサーからOKの合図が出た時に録音技師が集まるロビーで撮りました。
緊張の糸がフッつりと切れた瞬間の開放感溢れる美しい表情ときたら……。

CDの詳しい情報は真理さんのオフィシャルサイトの最新情報と、
発売元の「NAXOS JAPAN」のサイトでも見ることが出来ます。
畏れ多くも、いつも真理さんにタメ口で(笑)実際に、真理さんに、
「真理さんバッハ弾けるの?」と聞いちゃった、
ヘア&メイクの冨田くんのFacebookはこちらから。

これはねぇ……面白い話でねぇ。ある日、冨田くんが僕に聞いて来たんです。
「ねぇ……真理さんってバッハ弾けるのかなぁ?」って。
だから「自分で真理さんに聞いてみな。」って言ったら本当に聞いちゃった(笑)
その時の真理さんの嬉しそうな顔ね。そんなこと聞く人いないものね(爆)
それから、こちらのブログは写真のサイズが小さいので、
大きな写真を数枚、もう1つのブログ「Under the Rose。」にて。


CDは10月22日発売です。
皆さんも是非、CDショップに走ってくださいね。
他にもインターネットで予約も出来ますのでどうぞ宜しくお願いいたします。
CDの感想、写真の感想、聞かせて戴けると嬉しいです!


2014年9月5日


ブノワ。


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金継ぎジイさん(笑) 

 

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ズゥ〜っとズゥ〜っとやってみたかったのね。
もう何年?20年じゃきかないかな?
小林幸子は15年だけど、僕は苦節20年(笑)

世の中これ全て縁なんですね……。
ヒョンなことから、親友に紹介して貰って金継ぎをはじめることになりました。
今を遡ること半年前。2度目の大雪が降った2月のある日、
親友の親友のお宅で開かれていたプライベートの金継ぎ教室を見学させて貰い、
実際に少し作業をさせて貰って感覚を覚え、
忙しい年度末を終えた春の4月にスタートと相なりました。

僕の骨董好き、特に古伊万里の染め付けをコツコツと、
コレクションしていることは友人の間では有名です。
集めた器は飾っておくだけじゃなくて使いたいのね。
後生大事にしまっておくだけしゃなくて使いながら慈しみたい。
器に限らず、モノって本来の用途で使ってあげてナンボだから。
日々の料理を盛ったり、友人が来た時にお持て成しで使ったり……。
大したことない料理もそれなりになる……料理のドレスアップね。
当然、長年の間には、割れるわけです……悲しいけど仕方ない。
格好つけて「形あるものはいつかは壊れる……。」
言ってみるけど、真面目にそう思っているの。
勿論、収集する器は無傷の完品がベストなんですが、
よく店でも修復された器が売られたりしていて、
手に取りその新たな魅力に取り付かれていたわけです。
これって日本人独特の感性じゃないかしら。



金継ぎをやってみたい……。
そう思っても当時はなかなか簡単に教室とかも見つからなかったです。
東急ハンズで「金継ぎセット」なる15000円もするキットを買い、
やる気満々、キットを買ったことで既に金継ぎの、
奥義をマスターした気分になっていたブノワ。さん(笑)
ただね、金継ぎに使う漆が湿気がないと乾かない……。
なまじこれだけ知っていたものだから、
スタートするのは梅雨時になってから……決めていました。
今年も忙しくてダメだった、来年こそ……。
また出来なかったか……じゃあ、また来年。20年も経っちゃいました(笑)
その間、大枚叩いて買ったキットの漆はガビガビに……(苦笑)

教室は定員オーバーだったので、
特別に僕と「徳竹」のご夫妻の3人だけのために時間を割いて貰いました。
ハァ……夢は広がります。えっ?何の夢かって?
あのね、ブノワ。さん金継ぎをマスターしたら、
今の仕事を辞めて金継ぎで生計を立てるのダ。
そう、将来は「金継ぎ爺さん」になって工房を構えてみたい(笑)
小さな工房に油絵や骨董のコレクション飾って、日がな一日コツコツと作業に勤しむ……。
天の邪鬼で偏屈で気難しくて(笑)やりたい仕事しか引き受けないの(爆)


今日の写真は後生大事に取っておいた割れた染め付けの数々……。
作業は着々と進んでおります……って、まだまだ完成には程遠いですけど。
何年もの月日をおいて、ようやく活躍の、日の目を見ることになりました。


2014年9月2日


ブノワ。


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